1300トンの男の日記

これは、危機に瀕している地方の小さな乳業を救うために、毎年余っている1300トンもの牛乳を売ることを決意した男の日記というか、発信です。

1300トンの牛乳と煉乳②

どうも、1300トンの男です。

 

前回、煉乳を母乳の代わりに使用していたという終わりでしたが、その続きが気になるというコメントいただきましたので、今回も煉乳について書かせていただきます。

 

煉乳の生産方法については、万有引力の法則で有名なニュートンが発明したそうで、ゲイル・ボーデンは、それを工業化して大量生産の仕組みを作ったということになるようです。

 

余談ですが、この時作ったボーデン社は様々な経営統合・分離を経て、レディーボーデンというアイスの有名な会社になりますが、これはもうゲイル・ボーデンには全く関係ない会社だそうです。

 

19世紀半ば、牛乳生産加工・輸送販売とすべてにおいて衛生事情が悪かったようです。また水増しや混ぜ物(色付け、匂い消しにホルマリンなどの危険な薬品添加)で粗悪な牛乳が出回っていました。それを取り締まる法律もないし、それをしてはいけないという観念が薄かったと思われます。

 

ですので、これを摂った乳幼児の死亡がしばしば起こるという事態に陥っていました。

 

なぜ乳幼児がそれを摂っていたかというと、欧米では労働者階級の栄養事情の悪さにゆよって母乳の出が悪かったりして、また中流上流階級には「母乳で育てないのがステイタス」という風潮があったので、牛乳に乳糖を加えたもので育てることが主流となっていたからです。

 

これを嘆いたゲイル・ボーデンが煉乳会社を設立して、煉乳をお湯で薄めて母乳の代わりにするということを提唱し、これはかなり長きに渡って続けられました。労働者階級にとっては、安く安全に入手できる煉乳の存在はありがたかったのです。

 

しかし、煉乳を母乳の代わりにするというのは、衛生面以外の問題がありました。

 

この頃になると煉乳の需要も伸びていたので、生乳からではなくバターを作った後の脱脂乳から煉乳を精製していました。

そうした煉乳は牛乳と比べてビタミンAやビタミンD、カロリーも充分でないのに、糖分だけは多いので、乳幼児がさまざまな病気にかかるようになったのです。

 

しかし、それが社会問題となり煉乳を母乳の代わりにするのが禁止されるのはまだ後の話でした。

 

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